2010年12月06日

公開意見交換会「現在の学生自治を問う」のご案内

 本学の学生であれば、現在の学生自治に疑問を感じている方も多いのではないのでしょうか。そこで、政治研究会と自由学生会議では一般学生の方々にもご参加頂く形で現在の学生自治について意見交換をしたいと考えております。自由学生会議所属の本学学生による学内正常化運動に対するご意見も歓迎致しますので忌憚のないご意見をお聞かせ下さい。

 多くの方の参加をお待ちしております。奮ってご参加ください。

※会場は2103教室です※
 
posted by 自由学生会議 at 05:40| Comment(17) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は國學院とは無関係のものですが意見をのべさせてもらいます。

まず私は革マル派は嫌いです。しかしあなたがたの主張はもっと嫌いです。

なぜ掲示物に大学当局の許可が必要なのでしょうか。なぜビラ配布に大学当局の許可が必要なのでしょうか。それは正当な学生自治というものです。

大学というところは一方的に教えられる場所ではありません。学生自ら研究し物事を考え模索するところです。それなのに学生自らが自由を放棄して大学当局に管理されたいなどと言う主張にはあきれかえるほかはありません。

まずなにより学生自治と、言論・表現の自由が確保された解放空間をつくることが必要です。
Posted by sagesage at 2010年12月15日 11:00
 「学生自治」という大義名分さえあれば、何をやっても許されるかのような現状が問題だと思います。

 大学が不特定多数の人物が利用する公共性の高い空間である以上、一定の管理は必要です。

 自由の濫用は自由ではありません。一定のルールがあってこその自由です。

 過激派シンパの横暴が許されるような偽の自由よりは、管理があったほうがましです。
Posted by 敷地顕 at 2010年12月15日 15:24
過激派革マルを一掃するためには、連中の活動を規制できるさまざまな規定を利用し封じ込めるのがよい。大義は反社会的勢力過激派の撃滅にある。そのため規則を最大限利用することは有効な戦術であると思う。
Posted by 晋作 at 2010年12月16日 15:26
>大学が不特定多数の人物が利用する公共性の高い空間である以上、一定の管理は必要です。

ですから、無届で掲示物をはるとか、ビラをくばるとか、その程度のことまで管理されるのなら何が大学かということです。

>過激派シンパの横暴が許されるような偽の自由よりは、管理があったほうがましです。

「過激派」というのは右翼マスコミの用語です。権力やマスコミが「過激派」と認定したら統制・管理が許されるという事実こそ問題です。
それよりも、もっと社会に問題意識をもって、教えられるだけではなく学ぶのではなくてはなりません。大学生にもなってマルクスの一つも読んだことが無いようでは仕方がありません。
Posted by sagesage at 2010年12月16日 20:05
 まず公平性の問題があります。自治会は無許可で掲示・配布を行う事が実質容認されていますが、自治会以外の学生団体が同じ事をすると、学則違反として掲示物を強制回収されたり、学生課の注意を受けます。
 自治会だけは無許可でできるのに、ほかの学生団体には様々な規則が適用されるのは不公平ではないかという問題です。
 これを解決する方法は二つ。全ての団体の掲示・配布を自由化するか、または自治会にも規則を適用するかです。
 前者の案は一見魅力的ではありますが、リスクも否定できません。すなわち、犯罪の助長、悪徳宗教の勧誘、特定の学生に対する中傷、暴力団系右翼や過激派系左翼の宣伝など、社会的に問題のある文書の掲示・配布が蔓延しかねないからです。更に完全自由化では枚数制限が無くなってしまうため、たくさんの印刷物を量産できる、つまり経済的に余裕のある団体によって掲示版が独占される恐れがあります。実際に現在の渋谷校の掲示板は、学生から徴収した多額のお金で印刷された自治会の掲示物で溢れ、ほかの団体は貼り場所を探すのに一苦労です。
 許可制にすれば、問題のある掲示・配布すなわち自由の濫用を未然に防ぐ事ができます。そして枚数制限があれば、経済格差に関係無く、全ての団体が公平に掲示版を利用し、宣伝や主張をする事ができます。
 sagesage様は掲示・配布を「その程度の事」とおっしゃいますが、大学という面積の限られた空間において、これらは小さくない宣伝効果を持っています。つまり誤った情報や悪質な情報もすぐに伝播するわけです。だからこそ、公平性・安全性を保障するための規制が必要ではないでしょうか。ただ自由を抑圧する規制ではなく、全ての団体が公平に宣伝・主張する権利を守り、悪質な掲示・配布から学生を守るための規制です。

 また、私は決して過酷な管理を求めているわけではありません。右翼であれ左翼であれ、学内で学生が政治的な活動を行うのは大いに結構だと思います。まして國學院には法学部がありますし、そうした活動が無いほうが問題です。
 私が所属しているサークルも、日本政府に政策を提言したり、自治会を名指しで批判したりと、政治色の強い掲示物を貼りましたが、いずれも大学の許可を得ています。
 私は、日本政府や大学当局に批判的な掲示・配布を禁止する検閲や、ひいては学内での政治的活動そのものを禁止するような管理には反対です。ただ、掲示・配布をする前に、どこの団体が誰の責任でやるのかとか、あるいは文面に暴力的な表現が無いかとか、それくらいは念のため確認しておきましょう、という意味での許可制を支持しているのです。

 次に権力と過激派の件ですけれども、例えば独裁国家においては民主化勢力が「過激派」ないしそれに類するレッテルを貼られますから、これは信用できない言葉です。
 しかし日本は民主国家ですし、いくら権力やマスメディアが腐敗し易い存在であるにせよ、事実として過激派は危険な勢力である事は否定できません。個人で共産主義を信じるのは自由ですが、それを殺人などの犯罪という形で行動に出すような団体を放置して良いわけがありません。

 社会に問題意識を持ち、自ら学ぶ姿勢を私は尊びます。しかし何故、それが「過激派規制反対」や「マルクス」につながるのでしょうか。選挙で権力者を選べる我が国において、「暴力革命で資本家を倒し無産者独裁を実現する」との思想を学習・実践する事にどれ程の意義があるのか、甚だ疑問と言わざるを得ません。資本主義を変えたいなら社民党なり共産党なりに投票すれば良いでしょう。無論これは右翼系の暴力集団にも言える事で、朝鮮人を排斥したり、中共大使館に特攻して日本を「美しい国」にしようなど正気の沙汰ではありません。
 かつて我が国は、二・二六事件に代表される軍部・極右の横暴により国民は酷い目に遭いました。そのような失敗を繰り返さないためには、右翼であれ左翼であれテロリズムの傾向がある団体すなわち危険な芽を、人民に由来する権力が取り締まるしかありません。国家、地方、そして大学レベルで。
 互いが絶対に相容れない以上、民主主義を護るために民主主義を破壊する勢力を弾圧するのはやむ無き事です。

 自由学生会議の「自由」は、公正なルールのもとで学生が等しく享受・行使できる自由であり、自治会だけの特権的自由でもなければ、無許可でなんでもありの自由でもなく、まして民主主義の暴力的破壊を宣伝する自由などでは決してありません。

 最後にもう一つ付記しますと、大学の個性すなわち校風ないし建学の理念という問題があります。規則を可能な限り緩和し、多くを学生の自主性に任せる、という大学もあって良いでしょう。しかし國學院は宗教系の大学であり、学内に神殿や祭式教室があり、聖職者(神主)を目指す老若男女が全国から集まります。そうした神聖な空間を乱さないためにも、学生自治への適度な規制は必要だと思います。
Posted by 敷地顕 at 2010年12月17日 01:31
>前者の案は一見魅力的ではありますが、リスクも否定できません。すなわち、犯罪の助長、悪徳宗教の勧誘、特定の学生に対する中傷、暴力団系右翼や過激派系左翼の宣伝など、社会的に問題のある文書の掲示・配布が蔓延しかねないからです。

何を言っているのですか。社会にでれば、犯罪組織・悪徳宗教などまん延しているのですよ。大学生のうちにそれらをみわける能力を身につけないでどうします。
それに前もいいましたが、「過激派」というのは右翼マスコミの用語です。真剣に社会を憂い、社会変革をめざすことが「過激派」とのレッテルをはられ、体制に従順であることがよいことだというような主張には断固反対です。

>選挙で権力者を選べる我が国において、「暴力革命で資本家を倒し無産者独裁を実現する」との思想を学習・実践する事にどれ程の意義があるのか、甚だ疑問と言わざるを得ません。

選挙で為政者を選んでいると本当に思っていますか。実際は政治は誰のために行われていますか。大銀行は税金を払っていないのに、貧しい人は国民健康保険証を取り上げられたりしているのが現状ではありませんか。あなたの家庭は子どもを私大に通わせられる収入があるかもしれません。しかしそうでない家庭では大学進学をあきらめなくてはならない場合が非常に多いことを知っていますか。社会に問題意識を持っていれば、選挙が公正なものだなどという主張は絶対に出てこないはずです。

とにかく社会に問題意識をもって、そのうえで革マル派が果たしてきた反動的役割を学ばれるようお願いします。
Posted by sagesage at 2010年12月17日 09:04
 最初から危険な団体の物だと分かっている掲示・配布を認める必要はありません。いくら学生の自主性が大事とは言っても、大学は学生の私物ではありません。土地も建築物を大学が所有しているのです。そうである以上大学には学生の安全を守る義務があります。「もう大人なんだから全部自己責任で」というのは大学の怠慢だと思います。
 学内でのトラブルを学内で解決する努力を怠った場合、いざという時に警察つまり国家権力の介入を受け易くなり、かえって学生自治の衰退を招きかねません。

 sagesage様は、日本が格差社会である事などを以て、民主主義が機能していないとお考えなのですか?確かに現今の小選挙区制は大政党に有利ですから、少数意見が反映されにくい問題はあるでしょう。しかしそれは「どのような選挙制度が公平で望ましいか?」という議論であり、民主主義の枠内において解決可能です。大企業への課税、低所得者への支援も政策の問題です。まして現在の民主党政権は社会主義の傾向があり、子供手当や高校無償化を例に取っても、福祉国家に舵を切っている事は明らかです。
 選挙に限らず、合法的な大衆運動など、武力に依らずして社会変革を訴える方法は数多くあります。そして現在はインターネットという極めて自由度の高い言論空間があり、誰もが社会変革を訴えたり、運動への参加を呼び掛けたりできるわけです。今こうして、私とsagesage様がお互いの意見を自由に表明でき、権力からの弾圧を受けないのも、日本が民主主義であるおかげです。

 革マル派の主張にも、部分的には支持できる箇所はあるかも知れません。しかし彼らは行動において間違っています。中核派との内ゲバを例に取るまでも無く、彼らは例え同じ「労働者階級」であろうとも、敵と見做した相手には殺害を含む容赦無い武力を行使してきたわけです。こんな人達に社会を「変革」されたくはありません。
 そもそも過激派が暴れたところで、国家権力に鎮圧され、マスメディアで報道され、労働者からの支持をますます失うだけでしょう。社会を変革する力がそもそもあるようには思えません。

 私が大学祭や自治会選挙に参加しようとした時、学祭実行委員会と選管を掌握する左翼学生らは、私の思想信条を理由に参加を妨害しようとしました。このような事をしている時点で、仮に右翼マスコミとやらが過激派呼ばわりしなくとも、彼らとの共存はできません。

 今ある社会が自分の理想と異なっているからといって、武力による社会変革に共感するのは誤りです。仮にその力に社会を変える力があったとしても、暴力主義を容認した先にあるのは、血で血を洗う内戦を経て築かれる、むき出しの力による支配体制です。私はそのような社会を望まないので、体制に従順な生き方を貫き、その枠内で社会の合法的改革を目指します。
Posted by 敷地顕 at 2010年12月17日 13:21
>sagesage様は、日本が格差社会である事などを以て、民主主義が機能していないとお考えなのですか?

もちろんです。民主主義など嘘っぱちです。
なぜ普通選挙権があるのに少数の大資本化や官僚が権力を握ることができるのか?その秘密は「価値法則」にあります。
「価値法則」について知るためには『資本論』を読んでいただかなくてはなりませんが、マルクス経済学の入門書のどれか一冊でも読めば書いてあるはずです。
要するに、労働者はみずからの「労働力」を販売するが、「労働」は資本家のものとなるので、労働者は「搾取」されます。資本主義社会では、資本家は労働者を搾取することが認められているのです。その結果として、社会は「労働する無産者」と「所有する支配者」にわかれ、階級支配がおこなわれます。
ですから、この社会を根本から覆し、「プロレタリアの独裁」をうちたてることによって、平等と正義を実現しなくてはなりません。
Posted by sagesage at 2010年12月17日 17:07
 資本主義の仕組みを分析したという学術的功績において、マルクス主義ないしマルクス経済学をある程度評価する事は可能でしょう。

 しかし私が問題にしているのは、理論ではなく現実です。マルクス主義を標榜する政党が権力を掌握した国において、成功した例を聞いた事はありません。
 プロレタリア独裁など、実際は単なる一党独裁ではありませんか。レーニンが労働者のストライキを武力鎮圧したという話すらあります。もちろん、共産党に批判的な「掲示」や「配布」などの政治活動は厳しく弾圧され、それは「校則が厳しい大学」の比ではありません。
 また共産国家における飢餓に比べれば、日本の「格差」など取るに足らないものです。共産国家における「平等」とは、人民が等しく飢餓に苦しむという意味での平等でしかありません。
 そして社会主義国家においても官僚の権限肥大化という問題は生じます。膨大な生産手段を国有化するわけですから、それを管理する能力がある者と、無い者との差が生じます。つまり共産国家においても「階級対立」を無くす事はできません。日本の官僚主義も、戦時統制経済や「国土の均衡ある発展」といった社会主義的政策の結果であり、ひとえに資本主義の責めに帰すには論理の飛躍があります。
 結局のところ現実のプロレタリア革命とは、今まで資本家が担っていた権力を共産党が奪取し、人民への搾取・弾圧を一層強めただけです。

 そもそも19世紀の理論で現代日本を語る事自体に問題があります。なぜそこまで資本家と労働者を対立させようとするのですか?両者は本来協力して、企業間競争を勝ち抜いていくための存在です。また現代においては、株式を所有すれば誰もが資本家になれます。そして利害が対立した場合に備えるために、労働三権というものが憲法で保障されているわけです。

 はっきり申し上げますが、現代日本の共産主義者の主張は、単なる金持ちへの嫉妬にしか聞こえません。大企業が儲かるのは、大企業が生産する商品を買う人がいるからです。資本家に「搾取」されるのがそんな嫌ならば、最初から既存の企業になど就職せず、大企業の商品を極力買わず、同志らで自給自足のコミューンを作れば良いではありませんか。資本家が生産手段を独占しているといっても、生産手段の仕組みは調べれば誰でも入手できますので、その気になれば農業も工業も自分達で始められるでしょう。

 マルクスは資本主義が極限まで発展した先に社会主義・共産主義があると予言しましたが、結局米英など西側諸国は一度も共産化しませんでした。そしてソビエトを筆頭とする東欧諸国は崩壊し、中共・ベトナムも資本主義に舵を切っています。
 こうした現実の共産主義の失敗を踏まえた上で、なおマルクスが有効であるとおっしゃるならば、単なる理論の読み返しではなく、それをどのように実現するのか、明確な国家ビジョンや政策を伺いたく思います。
 少なくとも革マル派や中核派のような人達に、それを国家レベルで実現する能力があるようには思えません。sagesage様は「革マル派は嫌い」とおっしゃっていましたので、共産革命に際して彼らとは異なる方法論などをお持ちという事でしょうか?

 繰り返しになりますが、資本家・官僚への権限集中などは、立法や政策によって充分改善可能であり、なぜ共産主義という高リスクな社会変革に期待を寄せるのか、疑問を感じざるを得ません。
Posted by 敷地顕 at 2010年12月18日 12:45
>しかし私が問題にしているのは、理論ではなく現実です。マルクス主義を標榜する政党が権力を掌握した国において、成功した例を聞いた事はありません。

当然です。ロシヤ革命は帝国主義の干渉戦争によって敗北させられ、その後スターリン主義によって革命は圧殺されたからです。「マルクス主義を標榜する政党」は実際はスターリン主義政党です。

>プロレタリア独裁など、実際は単なる一党独裁ではありませんか。

それはたんなる誤解です。あなたは労働者評議会と言う言葉を聞いたことがありませんか。

> また共産国家における飢餓に比べれば、日本の「格差」など取るに足らないものです。共産国家における「平等」とは、人民が等しく飢餓に苦しむという意味での平等でしかありません。

ほうら、あなたの教養不足が露呈してきました。「共産国家」などありえません。なぜなら共産主義は国家の死滅を意味するからです。それくらいは高校の政治・経済にもでてくるはずです。国家は階級支配の機関であるから、階級の消滅にともない国家も消滅するのです。

> そして社会主義国家においても官僚の権限肥大化という問題は生じます。膨大な生産手段を国有化するわけですから、それを管理する能力がある者と、無い者との差が生じます。

生じません。なぜなら、あなたがとりたてて天才でもないのに大学教育をうけられているように、教育が普及していること。また、コンピュータ科学の発展によって管理・事務労働が簡略化されたこと。また、労働者評議会が任命する、いつでも解任可能な専門家が民主的に計画を作成することができるからです。

> そもそも19世紀の理論で現代日本を語る事自体に問題があります。

マルクス主義は、資本主義を対象にした理論であるから、資本主義がつづくかぎり分析の武器としての有効性をうしないません。

>なぜそこまで資本家と労働者を対立させようとするのですか?両者は本来協力して、企業間競争を勝ち抜いていくための存在です。

それはまったくのウソです。労働者が、自分が勤務する企業の業績をあげたとしても、搾取される存在である事に変化は生じません。

>また現代においては、株式を所有すれば誰もが資本家になれます。

実際、株式で生活できるほどの株を買えるカネがある人が何割いると思っているのですか?

>そして利害が対立した場合に備えるために、労働三権というものが憲法で保障されているわけです。

その憲法で保障された権利すらふみにじられ、労働組合に加入するだけで解雇されてしまうのは国鉄分割民営化でみたとおりです。

> はっきり申し上げますが、現代日本の共産主義者の主張は、単なる金持ちへの嫉妬にしか聞こえません。大企業が儲かるのは、大企業が生産する商品を買う人がいるからです。資本家に「搾取」されるのがそんな嫌ならば、最初から既存の企業になど就職せず、大企業の商品を極力買わず、同志らで自給自足のコミューンを作れば良いではありませんか。

それはたんなるユートピアです。共産主義は、資本主義のもとで高度に発達した生産力を前提します。発達した資本主義国は、すでにすべての人に無料の衣食住を保障することができるだけの生産力を十分にそなえています。そして、資本家による搾取がなくなれば、労働時間を現在の5分の1程度に減らすことだって可能なのです。


> マルクスは資本主義が極限まで発展した先に社会主義・共産主義があると予言しましたが、結局米英など西側諸国は一度も共産化しませんでした。

いままさに、1929年以来の大恐慌がおこり、共産主義革命の時代がやってこようとしています。
なお、「資本主義が極限まで発展した先」というのは非常に不正確ですが、ここでは割愛します。

>こうした現実の共産主義の失敗を踏まえた上で、なおマルクスが有効であるとおっしゃるならば、単なる理論の読み返しではなく、それをどのように実現するのか、明確な国家ビジョンや政策を伺いたく思います。

こちらをご覧ください。
http://jp.internationalism.org/platform/15-proletarian-dictatorship


> 少なくとも革マル派や中核派のような人達に、それを国家レベルで実現する能力があるようには思えません。sagesage様は「革マル派は嫌い」とおっしゃっていましたので、共産革命に際して彼らとは異なる方法論などをお持ちという事でしょうか?

そうです。革マル派や中核派は、「内ゲバ主義者」といって、自分たちと異なる潮流の存在を認めず、時には殺人をふくむ暴力を行使します。真の共産主義革命は、労働者階級の自己解放つまり労働者階級が意識的階級として自己を組織することなので、内ゲバ主義者はこれを阻害するだけなのです。

> 繰り返しになりますが、資本家・官僚への権限集中などは、立法や政策によって充分改善可能であり、なぜ共産主義という高リスクな社会変革に期待を寄せるのか、疑問を感じざるを得ません。

立法や政策によって改善可能ならば、なぜ大銀行は大儲けしているのに小学校の給食費が支払えない家庭があるのですか?なぜ誰も賛成しないイラク戦争が行われたのですか?なぜ労働者の賃金が下がっているのに、法人税を引き下げて消費税が引き上げられようとしているのですか?まったく説明できないでしょう。

あなたがまずなすべきことは、マスコミの表面的な報道に惑わされずに、物事を自分で深く考えることです。大学生にもなって資本主義について知らないというのはレベルが低すぎます。
Posted by sagesage at 2010年12月18日 14:34
こんにちは、自治会代議員です。文連サークルに所属してます。身元が割れると私だけでなくサークルにも危険が及ぶので具体名を揚げることは避けます。自治会保守派に違和感を感じていますが、改革派の皆さんと接点を持つこで保守派から睨まれることも怖いです。お金は多少怪しくてもくれるから現状維持でも大丈夫と考えている人もいます。総会で反対の欄に記入すること以外な安全に改革できる方法はないのでしょうか。読みにくくて下手糞な文ですみません。
Posted by 自治会代議員 at 2010年12月24日 20:24
 干渉戦争やスターリン主義への転化という問題は、今後共産革命を起こす場合も生じる可能性があるので、それを防ぐ対策を練る必要があります。それができなければ、また歴史を繰り返す羽目になります。

 レーニンは、選挙で共産党(ボルシェビキ)が敗北するとソビエトを解散しました。「全ての権力をソビエトへ」というスローガンをレーニン自身が反故にしたわけです。労働者評議会と言うと一見民主的に見えますが、共産党の翼賛機関に堕せば無意味です。ゆえにプロレタリア独裁が一党独裁に変質する危険性は否定できません。

 「共産国家」というのは、共産主義を標榜する政党が支配する国家という意味であり、国家の死滅が実現した社会の事ではありません。特別な場合を除き、私は「唯物史観における社会主義の次の発展段階」ではなく、「そのような社会を目指す政治思想及び運動」という意味で共産主義の語を用いています。国家が死滅せずとも、それを目指す革命家は共産主義者であり、それを目指する国家は共産国家です。
 この程度の語句解釈を理由に相手の「教養不足」を指摘する側こそ教養が不足しているように思われます。

 如何に教育や管理技術が普及しようと、それによって学力差・能力差が完全に解消されるわけではありません。人によって得意・不得意がありますし、学問への積極性も人によって差があります。大学全入時代になっても、学生の成績まで同じになるわけではありません。
 学力差・能力差を完全に埋めるのは不可能であり、これは職業にも影響します。

 資本主義と言っても、その規模・形態は様々です。マルクスの頃は、労働者の人権についての法制が充分でなく、今より労働条件が悪かった時代であり、現在とは異なります。

・労働者が搾取されている
→団交で賃上げを要求して下さい

・株式で生活できる人はそう多くない
→会社の意思決定の最高機関たる株主総会に参加できる時点で最早「階級支配」とは言えません

・憲法で保障された権利が蹂躙される
→そういう時のために裁判所があります

・労働時間を1/5に減らす事が可能
→団交で労働時間削減と労資役割分担見直しを要求しましょう

 現代では1929年とは比較にならないほど各国の軍事力が強大化しており、暴力革命はむしろ困難になっています。それこそ干渉戦争による失敗を繰り返すでしょう。

 また革マル派・中核派のような極端な内ゲバ主義者でなくとも、革命の手段として暴力を認めてしまえば、異なる意見を持つ者に「ブルジョアの手先」云々とレッテルを貼って暴行する事が可能になります。暴力革命そのものを否定しなければ、内ゲバ主義への堕落は避けがたいと思います。「革命のためなら暴力を使っても良い」との考えは「革命のため」と称して暴力を受けるリスクと表裏一体であり、労働者の意識的自己解放を却って困難にしています。

 小学校に給食費を払えないのは、その人の能力や勤務する企業の実績の問題をまず検討すべきであり、いきなり社会のせいにはできません。兼業するなり、転職するなり、労働運動に参加するなり、革命の前にやるべき事があります。天才でない私が大学教育を受けられる時代ですから、職業に有用な知識・技術を学び続ける姿勢も必要です。大銀行が大儲けしているのが悔しければ、いっそ自分自身が大銀行に就職するなり、或いは大銀行の不正を暴いて世論に訴えるなりすれば良いでしょう。
 イラク戦争が行われたのは、米国民が共和党右派たるブッシュ氏を大統領に選んだからです。戦争後の大統領選でもブッシュ氏が再選しており、イラク戦争は米国民の意思です。
 法人税が下がり消費税が上がるのは、菅民主党が政権の座に就いているからです。次の衆院選で民主党を大敗させれば、消費税増税は実施されないかも知れません。

 物事を自分で深く考えた結果が共産主義とは限らないでしょう。自分で考えた結果として資本主義を擁護する、という立場があっても良いではありませんか。政府を批判しただけで収容所に送られかねない「管理社会」よりは、「格差社会」のほうがまだましです。貴方の仰る「資本主義」とは、共産主義者の仮想敵としてデメリットが誇張された資本主義像であって、そんなものへの理解を基準にレベルが低いなどと言われる筋合いはございません。
 心身の障害や相続などの問題を除けば、日本において貧富の差が発生するのは本人の自己責任です。資本主義のせいにする前に、悔しかったらもっと努力しろと言いたい。

 共産主義は人間の理性を過大評価しています。如何に純粋な気持ちで革命に参画しても、いざ既存権力を倒してみると、今度はその権力を自分が独占したい、という欲望に駆られるのが人間です。資本主義だろうが社会主義だろうが、権力は腐敗します。資本主義であれば選挙による政権交代が可能ですが、共産国家ではそれができません。よって権力はますます腐敗します。
 結局のところスターリン主義こそが共産主義の本質であり、共産主義は必然的にスターリン主義に堕するものであると言わざるを得ません。
Posted by 敷地顕 at 2010年12月28日 01:07
 自治会代議員様、勇気ある書き込みありがとうございます。

 自治会を改革する最大の方法は、彼らの財源を断ち切る事でしょう。
 具体的には、大学側が自治会費を代理徴収する制度を廃止するのが最善と思われます。例えばこれを目的とした署名運動を私達が行い、それに賛同して下されば一つの力になるでしょう。
 また、学生から徴収された自治会費が政治活動に乱用されている事について、学生生活課窓口に抗議しに行くのも良いと思います。
Posted by 敷地顕 at 2010年12月28日 01:23
お腹空きました。今日も食べ物がありません。

今度会いましょう。その時に貴方と一緒にお食事しましょうよ。

決まり。今度会いましょう。
神様が貴方と私が会うことを望んでおられます。
あの國學院大学にある神社の神様。つまり、安蘇谷正彦様は、そう仰っておいでです。

神の愛が、無限の光が私を包む時がいよいよ来ました。

さぁ、私と共に神の國へいきましょう。

1月16日の17時。國學院大学の神社の前でお待ちしています。
Posted by 2代目敷地顕 at 2011年01月13日 16:03
お久しぶりです。
先日大学構内にて「自治会費を払わない方法」という趣旨のビラが複数確認されたようですが、あの無許可掲示についてはどういった意見をお持ちでしょうか。

あと今回に限らず合法路線での学校改革を標榜する貴団体が無許可掲示、こういった荒事に持っていくとは考えにくいのですが、そう思わない人間もいるかもしれないので自分は事があったら迅速に声明を発表すべき、と思うのですがそれについてはどうお考えでしょうか。
Posted by とある国学院学生 at 2011年01月17日 12:29
【2代目敷地顕様】
 すみません、最近試験で忙しくコメントの確認ができませんでした。後日時間があれば、お会いしましょう。ところで…私と会う目的はなんでしょうか?なんとも神秘的な文章ですが…。

【とある国学院学生様】
 自由学生会議は、もちろんそのような掲示物は貼っておりませんし、また望ましくない行為であると考えております。ただ、ここで私たちが声明のようなものを出してしまうと、事態の拡大を望む犯人の思い通りになってしまうのではないか、という慎重論があったため、これまで静観していた次第です。学生会議としては後日、自治会費代理徴収制度廃止を求める掲示物を大学許可の上で貼る予定ですので、それによって私たちが合法路線である事を示せるのではないかと思います。
Posted by 敷地顕 at 2011年01月23日 00:10
あなた方、自由学生会議はこれやんないの?↓


学 費 割 引 の ウ ラ 技

@学費振込用紙が家(又は実家)に郵送されてくるのを待つ。
A学費振込用紙が郵送されてきたら以下を印刷して必要事項を記入する。(本人と連帯保証人の署名・捺印が必要)
*************************************************
平成23年度学費振込用紙変更願い
國學院大學学長 殿
私は平成23年度の学生会費を払いたくはありません。よって、平成23年度学費振込用紙の変更を求めます。
(日     付)            
(学 籍 番 号)            
(学科学年組番号)            
(本 人 氏 名)             印
(連帯保証人氏名)            印
*************************************************
B上記の平成23年度学費振込用紙変更願いをもって若木タワー3F学生生活課へGO。
C職員に学生会費を払いたくない旨を言って平成23年度学費振込用紙変更願いを提出する。
D職員から学生会費(5500円)を割り引いた新しい学費振込用紙をもらう。
Posted by 革命的こくぴょん主義者同盟 at 2011年01月28日 07:55
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